2010年4月18日日曜日

神奈川台場公園

以前1月9日に「神奈川台場跡散策」という記事を書きました。忘れてしまった方はもう一度眺めてみてください。

神奈川台場は開港した横浜に入港する外国船を威嚇するために建設された砲台で、その砲門は今で言う「象の鼻」の方角を向いていたといいます。台場は海岸沖を埋め立てて造成された人口の島で、海岸から台場までは二本の通路が作られました。一本を西取り渡り道、もう一本を東取り渡り道と呼びました。現在では台場も通路も地面に埋もれて全貌は詳らかではありませんが、台場の石垣は数箇所から確認することが可能です。

東取り渡り道の方は現在水路になっており、以前の記事「港町の風景(船舶の修理工場) 」で紹介した船舶の修理工場前の水路がまさにその場所です。一方で、西取り渡り道の方は現在地面の下にあります。その一部は、神奈川台場公園の下を通っており、昨年この公園では西取り渡り道の発掘調査が行われました。下図はその時の調査内容を示す地図です。


 
発掘調査の終了後、神奈川台場公園は綺麗に埋め戻されて整備され、現在は、神奈川台場と発掘調査内容を紹介するパネルが設置されています。それでは、今日は現在の神奈川台場公園をご紹介しましょう。左の写真は神奈川台場公園入り口の看板石です。上右が公園の様子ですが、見た目は普通の自動遊園と変わりません。

公園奥の方に神奈川と台場の歴史を説明したパネルが設置されています。多少見づらいかもしれませんが、写真を掲載します。
明治に撮影された写真や、当時の地図など珍しい資料がこうやってパネル化されて、屋外に設置されています。もちろんパネルも耐候性を持った素材で製作されているものと思われます。

一方で、公園入り口に近い場所には、昨年行われた西取り渡り道の発掘調査の成果をまとめたパネルが設置されています。

天気の良い休日になると、神奈川の歴史を尋ねる人々が訪れてきます。神奈川台場公園を見た後に、近所の神奈川台場跡によっていかれるようです。

東取り渡り道は今はこの水路の下に眠っているはずです。

このあたりは横浜駅から15分くらいの場所ですが、この写真のような水路だとか、貨物駅だとか、港町の風情を楽しめる地域です。近くには横浜市中央卸売市場もあり、市場食堂ではおいしい海の幸が安く食べられます。天気のいい日にぶらりと出かけられてはいかがでしょうか?場所は下の地図をご参照ください。


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