2009年11月1日日曜日

「皇室の名宝」展と伊藤若冲

今回はやっと伊藤若冲(1716-1800)の話しですね。

「皇室の名宝」展の目玉展示のもう一つは伊藤若冲の「動植綵絵」30幅です

伊藤若冲は狩野派や円山派などの特定の派閥に属していたわけでもなく、表現も日本画の本流からずれていた部分があり、また当時の権力層と強固な関係を築いていた訳でも無く、比較的最近までは高い評価を得られていない画家でした。

若冲は京都の錦小路にあった枡源という青物問屋(奉公人が二千人ということなので、大変な大店ですね)の跡取りとして生まれ、40歳にして家督を弟に譲って隠居し、好きな画業に専念したということです。最初は狩野派に学んだということですが、当時流行していた本草学(西洋の博物学にも大きな影響を受けていました)に根ざした写実力と、中国の伝統絵画の技法と、前の世代にあたる尾形光琳(1658-1716)にも大きな影響を受けていたようです。江戸後期の画家、白井華陽の著した「画乗要略」という書物には若冲の作風を「模元明古蹟、兼用光琳之筆意」としています。

JJが最初に若冲の作品を見たのは、昭和59年に京都国立博物館で開催された特別展「近世日本の絵画 -京都画派の活躍-」という展覧会で、これはかなり衝撃的でした。もちろん、動植綵絵も展示されていましたが、他のユニークな作品たちや、同時代に京で活躍した画家たち、すなわち円山応挙(1733-1795)や、その弟子の長沢芦雪(1754-1799)、そして曽我蕭白(1730-1781)といった画家たちの奇想溢れる作品を目にすることができました。

それで「動植綵絵」ですが、この作品は若冲の代表作で、釈迦三尊像とともに臨済宗の名刹、相国寺に寄進した仏画です。隠居直後の1757-1766にかけて製作された30幅の作品は動物や植物達が色鮮やかに、精密に描かれており、若冲畢生の大作です。これらの生き物たちは人間と同じように仏に導かれる衆生で尊いものであることを描きたかったと言われています。

若冲は寄進した仏画によって相国寺に永代供養を望んでいたようで、実際に彼の墓の一つは同寺にあります。その後、明治になって廃仏毀釈の風潮や、幕府や大名から庇護を受けられなくなったことから、各地の名刹はその経営に窮し、伽藍の修理費にも事欠いたと言われています。相国寺も経済的に逼迫し、高名な作品であった動植綵絵を皇室に献上し、代わりに一万円を下賜されています。同じ時期に法隆寺も同様の状態に陥り、300点あまりの寺宝を皇室に献上し同じく一万円を下賜されています(明治11年)。法隆寺の寺宝は一部(かの有名な聖徳太子及び二王子像など)を除いて東京国立博物館の法隆寺宝物館で観覧することができます。

動植綵絵に先立って製作された「旭日鳳凰図」には「花鳥草虫にはそれぞれ霊があるのだから、我々はその真をよく認識して描き始めなければならない..」と書き込まれており、これが動植綵絵の製作にかかわる精神を良くあらわしていると思いますね。


動植綵絵で一番有名なのは、この群鶏図だと思います。13羽の色鮮やかな鶏が描かれていますね。

一羽づつ模様の異なる雄鶏を生き生きと見事に書き分けています。詳細・緻密でかつ濃密ですね。遠目に見ると、抽象的な模様まるでアラベスクのようにも見えます。

若冲は鶏が好きだったようで、この絵を含めて30幅中に8枚の鶏の絵を描いています。実際に手元で鶏を飼育して詳細に写生をしたものでしょう。ただ、ちょっと詰め込みすぎかなといった感もあります。

若冲は晩年に大阪西福寺の障壁画を依頼されたときも群鶏図(重要文化財)を描いており、こちらのほうは、多少間隔が空いて、すっきりしています。



また、動植綵絵の画題には他にも鳥が良く出てきます。鴛鴦、雀、孔雀、鸚鵡、鵞鳥、鶴、錦鶏、鳳凰、雁、そしてその他の小禽(小鳥)たち。

動植綵絵の中でJJが好きなのは、右側の一枚「蓮池遊魚図」です。蓮池を泳ぐ魚群で、1匹を除くと鮎のように見えます。鮎が池にいるのか?といった疑問はありますし、何となく動きが無いのが気になりますが、なかなか静謐で涼やかな一幅ですね。

若冲は動植綵絵で海の生き物も色々と描いていて、群魚図二幅などは、まるで魚類図鑑を見ているような精密な表現です。

先に述べたとおり、若冲はかなりな金持ちでありましたので、製作には時間をかけたのは言うまでも無く、画材は惜しげもなく高級なものを使用していたようです。描かれている素材は高級な画絹で、表の彩色を際立たせる為に裏彩色を施したりもしています。

また群魚図の鰹には、1704年にドイツで発見されたプルシアンブルーと呼ばれる当時は珍しい輸入品の顔料が使用されていることが最近の調査で判明しています。

若冲にはユーモラスな面もあり、動植綵絵でもこの池辺郡虫図には、たくさんの虫のほかに蛙やおたまじゃくしがたくさん描かれています。蛙がみんな同じ方向を向いているのは、なんか面白いですね。


若冲のユーモラスな面を伝える作品としては、今回の「皇室の名宝」出品作ではありませんが、「野菜涅槃図」というものがあります。

普通は涅槃図というのは釈迦入滅の様子を描いた仏画で、中央で安らかに横たわる釈迦の周りを弟子たちが取り囲んで悲しみを表現しているものです。

この「野菜涅槃図」(「果蔬涅槃図」とも言うようですね)は水墨で描かれており、中央の大根が釈迦、周りを囲んでいる人参、牛蒡、瓜、茄子などが菩薩や羅漢を表しています。

この画からは若冲がもともと青物問屋の主人だった出自が伺われます。

最後に非常に不思議な絵をご紹介しましょう。「鳥獣草花図屏風」という六曲一双の屏風絵です。遠目に見るとちょっと変わった感じの絵なのですが、近寄ってみるとすごく変わっていることに気付きます。画題は古今東西の生き物たちで、中には想像上の動物も含まれていますが、画を構成しているのが一辺1.2cmの正方形なのです。この正方形が片隻43,000個あるそうです(誰が数えたんだろう?)。従って、この画はモザイクのように見えるのです。異色の画家と言われた若冲の作品の中でも最も異色な作品かもしれません。この絵は舶来品の繊維製品(ゴブラン織りなど)の図柄に影響を受けたのではないかという説もあるようです。今は米国にあるので、めったに見られませんが、前出の1984年の展示でJJは見たことがあり、忘れられない一品です。


若冲は人物や風景ではなく、身近な動植物を愛情を持って描いた画家と言えるのではないかと思います。画自体もすばらしいのですが、動植物への慈しみという観点からも、JJにとっては大好きな画家ですね。

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